雨の深夜、山岡家でふと思ったこと
雨脚が強くなる夜更け、時計は23時を回っていた。
窓を叩く雨粒の音と、アスファルトに反射する街灯の光が、少し滲んで見える。
こんな時間に車を走らせ、向かった先は山岡家。
濃い醤油豚骨スープの香りが脳裏に浮かぶだけで、少し背筋が温まるような気がする。
駐車場に着くと、こんな時間にもかかわらず満車。
行列は見当たらないが、車中で待っている人が多いのだろう。
とにかく、この時間帯の山岡家は静かに、しかし確実に稼働している
車中の待機、そして小さな観察

23時15分。
駐車空き待ちのためにエンジンを止め、ワイパーが休む。
雨粒が窓を打つ不規則な音だけが耳に残る。
ふと視線を移せば、ガードマンが雨の中で駐車整理をしている。
何時まで続けるのだろうか——お疲れさま、と心の中でつぶやく。
彼の賄はラーメンなのだろうか、どうでもいいことに思いをはせる。
やがて、23時31分。駐車場に空きができた。
混雑した駐車場、慎重に車を駐車スペースに押し込める。
一度店内へ、食券を買い、呼び出しベルを受け取り、再び車へ。
今度は席が空くのを待つ時間だ。
退店する客は様々だが、中には小学生にも満たないような小さな子どもも。
家庭の事情はそれぞれと理解はしていても気にはなる。
注文はネギラーメン大盛り
頼んだのは、醤油ネギラーメン840円(大盛り+210円)。
ネギの白とスープの褐色、その上に浮かぶ脂の照りが脳裏に浮かぶ。
カウンター席ならテーブル席に比べ案内が早い。
おひとり様の気楽さに、こんなときは少し感謝したくなる。
駐車場にはまだまだ車が入ってくる。
ガードマンの動きに無駄がなく、静かに流れる機械仕掛けのようだ。
きっと長年の試行錯誤の末にできあがったシステムなのだろう。
荷が重いほうれん草の使命
メニューを眺めながら、ふと、ほうれん草のことを思い出す。
家系ラーメンになぜほうれん草が乗るのか——。
これは、横浜の元祖・吉村家が開業当初から続けている習慣に由来する。
濃厚な豚骨醤油スープの塩味を和らげ、栄養バランスを整えるため。
そして、茶色のスープと黒い海苔に、緑が加わることで見た目も引き締まる。
下茹でして冷凍でき、仕込みや保存も容易。そんな実用面もあったらしい。
いつの間にかそれは「海苔・ほうれん草・チャーシュー」の三点セットとして定着し、
家系ラーメンのアイデンティティになっていった。
そんな話を思い出すと、ほうれん草が少し特別に見えてくる。
ただ、この申し訳程度のほうれん草に、栄養面のバランス調整を求めるには少々荷が重いだろう。
着丼、そして夜の終わり
0時ちょうど、席に案内される。
おこのみはすべて「普通」でお願いした。
足元は少し滑り気味だったが、全体的には清潔感がある。

10分ほどでラーメンが着丼。
濃すぎず、くどくもなく、さらりと食べられる味。
途中で豆板醤をひとさじ入れると、また違う顔を見せる。
ネギは、深夜にラーメンをすすっている罪悪感を、ほんの少しだけ和らげてくれるようだ。

食べ終えて、満腹感がじわじわと追いかけてくる。
脂の多いラーメンは湯気が少なく、つい油断すると舌を火傷するが、
今回は運よく無傷だった。
店を出ると、まだ雨は降り続いていた。
街灯の下、アスファルトに落ちた雨粒が弾け、光って消えていく。
深夜のラーメンは、やはり背徳と幸福が紙一重だ。