さんぽするようなのんびりたび

武士の精神を映す日本の心:松本城のそのすがた

松本城

松本の街を歩いていると、視界に飛び込んでくる漆黒の天守。
その凛とした姿は、人々の心を静かに落ち着かせてくれる不思議な力を持っている。
「かっこいい」「美しい」といった言葉では収まらない、精神に訴えかけてくる魅力。
それはいったい何なのか。なぜここまで魅了されるのか。

悠久の歴史の中で

松本城は戦国末期、名将・石川数正と康長親子によって本格的に築かれた。
その後も松平氏、堀田氏、水野氏と城主が移り変わりながら、常にその時代の政治と軍事の舞台に立ち続けた。
まさに戦国の荒波をくぐり抜けた「実戦の城」であり、戦国武士の気迫を映す存在と言える。

明治維新後には廃城令により取り壊しの危機にさらされるが、地元の有志たちの熱意によって奇跡的に保存されたという経緯がある。数百年の変転を生き抜き、なお毅然とした姿をとどめるその姿は、単なる史跡を超え、「不屈の武士」を思わせるカッコよさにあふれている。国宝として今日に残る松本城は、まさに「生きてきた城」であり、歴史そのものの風格をまとった存在だ。

なお、現存する天守のうち国宝に指定されているものはこの松本城を含め5城のみである。

どの角度から見てもまるで絵画

松本城の最大の特徴は、黒漆の下見板で覆われた外観。白い漆喰との鮮烈なコントラストから一部では「烏城」とも呼ばれている。その漆黒の天守が青空や雪景色、桜の花と調和する姿は、まるで四季折々の絵画のようだ。
さらに水堀や赤い橋が黒い天守を引き立て、訪れる人の目を奪う。五重六階の均整の取れたプロポーションは、どの角度から眺めても破綻がなく、写真映え以上に心を揺さぶる存在感を放っている。
まるで、見られることに絶対の自信を抱いているような、堂々たるたたずまいはいつまでもその場にとどまりたくなるような感動を与えてくれる。

現代に通じる武士の精神

松本城の「カッコよさ」は、単に外見の美しさにとどまらない。新渡戸稲造の『武士道』に描かれた武士の精神と重ねると、その魅力は一層際立ち、現代に生きる私たちにも深く響く「精神の象徴」として、その存在感を放っている。

黒と白の鮮やかな対比は、「義」を貫く揺るぎない強さを思わせる。新渡戸稲造が武士道の中心的な柱とした「義」とは、卑劣なことや曲がったことを許さず、正しいと判断したことを断じて行う決断力であり、武士道において最も大切な徳目である。スポーツにおけるフェアプレイの精神にも通じ、損得勘定で判断を鈍らせないという揺るぎない信念を意味する。松本城のコントラストは、まさにこの「正しいこと」に対する武士の毅然とした態度を象徴しているかのようだ。

また、その堂々たる佇まいは、「勇」の精神を体現している。「勇」は「義」を理解した上でそれを実行する行動力を意味し、真の勇気は、どんな危険や災難が降りかかろうとも常に心穏やかで冷静さを保ち、決して動じないこととされた。戦場にあっても冷静沈着で、破壊的な大惨事の中でも落ち着きを保ち、嵐の中でも笑みを浮かべ、命の危険が迫っても詩を詠むことができるほどの心の余裕。松本城の微動だにしない威容は、危急の際にも泰然自若たる武士の精神性を雄弁に物語っている。

そして、四季の移ろいと調和するその美しさは、「仁」と「礼」の心を偲ばせる。 「仁」は人間としての器の大きさを示す徳目でもあり、 また「礼」は、そうした相手への思いを行動で表すための作法であり、うわべだけでなく必ず真心を込めることが本質とされている。
松本城が自然の美と一体となる姿は、武士道が単なる武力だけでなく、他者や自然との共生、調和を尊び、優しさや人間性をも重んじた精神を美学的に表現していると言える。

数百年という時を超えてもなお雄々しく立ち続ける姿は、「誠」と「名誉」の象徴に他ならない。「誠」とは、言ったことは必ず実行する「有言実行」の教えであり、「武士に二言なし」という言葉が示す通り、自分の言葉に命をかけるほど大切にされてきた。人に見られていなくても約束やルールを守るという、現代日本人の行動規範の根底にも通じる。 松本城の時を超えた不変の存在感は、武士道の普遍性と、その教えが現代まで力強く受け継がれている信頼性を、まさに体現しているかのようである。

松本城は、まさに一人の理想的な武士が、時代を超えてそこに生き続けているかのような存在に感じられ、日本人の心の奥底に息づく武士道の精神を、現代に伝える力強い象徴と言えるだろう。

日本人の心と松本城:だから心惹かれる

日本人の道徳観の根底には、武士道の精神が息づいている。
義を貫く厳しさ、勇気をもって困難に立ち向かう姿勢、仁と礼をもって人や自然と調和する心、そして名誉と誠を大切にする生き方。そうした価値観は、松本城の黒く引き締まった外観や、四季折々の美しい姿に重ねて感じ取ることができる。

松本城に立つと、ただの観光地ではなく「武士の精神を宿した城」としての風格を感じる。
厳しさと優美さ、力強さと調和。そのすべてを備えているからこそ、私たちは松本城に心惹かれるのだ。

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