「いつでも行ける」と思っていた場所が、ある日突然、手の届かない場所になってしまう。
歳を重ねると、そういう少し切ない経験が増えてくる。
仙台の街で確かな存在感を放ち続ける、「村上屋餅店」。
ここは、全国区の仙台名物「づんだ餅」の発祥とも言われる、明治10年創業の老舗中の老舗。連日行列ができるほどの有名店でありながら、鮮やかな「づんだ色」の暖簾をくぐると、昔ながらの気取らない空気が流れている。
そんな安心感ある佇まいが魅力のお店。
実は2026年3月30日より、店主が入院され、お店は当面の間お休みとなってしまっている。後継者はおらず「今の代で終わりになるだろう」という。
もしかしたら、もうあの味には出会えないのかもしれない。それでも、あの暖簾が再び風に揺れる日を期待し、140年続くこの老舗の背景と、無事に再開された暁には絶対に食べてほしい一皿についてご紹介。
1. 「ず」ではなく「づ」。看板に込められた140年の意地
看板を見ると、一般的な「ずんだ」ではなく、頑なに「づんだ」と書かれている。
これには諸説あるらしく、豆を打って作る「豆打(づだ)」が訛ったとか、かの伊達政宗公が陣太刀の柄で枝豆を砕いたとか、色々と謂れがあるそうで。
実はこのお店、明治10年に餅屋として創業する前は、伊達藩の「御用菓子司」を務めていたという格式高い家系なんだとか。もともと各家庭で作られる郷土料理だったづんだ餅を、お店のメニューとして初めて商品化したのもこのお店。そんな歴史の重みを知ると、この「づ」の一文字に込められたプライドみたいなものを感じて、目の前のお餅がちょっとだけ特別なものに見えてくるから不思議だ。
2. 「づんだはルーに過ぎない」。職人の手仕事に想いを
我々素人はつい「づんだの餡が美味しい」のだろうとおもってしまうが、店主のポリシーは明確。「あくまで餅が主役。餡は餅をおいしく食べるためのエッセンス、カレーで言えばルーに過ぎない」とのこと。
それだけ餅へのこだわりが強いということ。主役の餅には宮城県産のブランド米「みやこがね」を使い、作り置きせずその都度つく。ただ、脇役とされる「ルー」にも尋常ではない手間がかかっている。鮮やかな緑色となめらかな舌触りを出すため、枝豆の薄皮を一つひとつ手作業で取り除いているのだそうだ。見えないところで泥臭く手間暇をかける実直さに、ただただ頭が下がるばかり。
3. 迷ったらこれ一択。大人の胃袋と心を満たす「三色餅」

メニューを眺めてあれこれ迷うのも楽しいが、王道は「三色餅」。
づんだ、ごま、くるみの三種類を一度に味わえる、イートイン客のほとんどが注文するという看板メニュー。
運ばれてきたお盆には、色鮮やかな三色の餅と、口休めのお漬物。
どれもおいしそうと思うと同時に「美しい」と感じてしまうほどに洗練された見た目。づんだのやさしい薄緑に、鏡かな?と思うほどのごまの黒い光沢、なめらさに包み込まれそうなくるみ。どれから手を付けようか悩んでしまう。
もちろんどれもおいしかったが、意外にも一番好みだったのは「くるみ」。程よい甘さとなめらかさ、クルミの風味が絶妙で、重くもなく何個でも行きたくなるような、そんなバランスのいい味だった。
まだまだ暑い9月頃に伺ったが、程よく冷えた餅たちが食欲を刺激していく。
「せっかくだから、他のメニューも頼んでみようか」と一瞬頭をよぎるが、あれもこれもと欲張らず、目の前にある確かな美味しさを一つひとつ、ゆっくりと噛み締める。
この一皿で充分に心が満たされる。
4. 目の届く範囲で、無理をしない経営
これだけ上質な商品を提供できるのだから、百貨店に出店して多店舗展開すればもっと儲かるのではと、薄汚れた大人の思考でついそんなことを考えてしまうが、村上屋餅店はそれを良しとしていない。
「品質に目が行き届かなくなるから」と、デパートなどへの出店は一切行わず、あくまで目の前のお客さんに向き合う姿勢を貫いている。
常に右肩上がりの成長や効率化を求められる現代。身の丈に合ったペースで、実直に餅をつき続けるそのブレない姿勢からはとても大切なことを学べる気がする。

5. 「いつか」は来ないかもしれない。
冒頭でもお知らせしたが、大変心苦しいお知らせがある。
実は、2026年3月30日より、店主が入院されたため当面の間お休みとなっている(今年に入って一度休業され、再開した矢先のこと)。
そして、とても切ない事実なのだが、現在の店主には後継者がおらず、「今の代で終わりになるだろう」と語られている。
永遠に続くものなんて、この世にはない。頭では分かっていても、これだけの歴史とこだわりが詰まった味が途絶えてしまうかもしれないというのは、やはり寂しいものがある。
「いつか行こう」と思っていたあの場所は、明日にはもうないかもしれない。
だからこそ、無事に営業を再開された暁には、ぜひとも村上屋餅店へ足を運びたい。
ただの旅行が、少しだけ意味のある旅になる。
140年の歴史と、職人の意地が詰まったあの柔らかなお餅は、きっと疲れた心と身体に、優しく沁み渡るはず。
たびさんぽ