特別な日のために予約を入れて、少し背筋を伸ばして向かうお店もいい。けれど、日々の暮らしの中で、何の気負いもなくふらりと暖簾をくぐれて、その日の体調や気分に素直に寄り添ってくれる「街の食堂」の存在はありがたいもの。
激しい刺激を味わいたい人もいれば、穏やかな優しさで静かに胃袋を満たしたい人もいる。そうした誰もが、同じ空間でそれぞれの「普段の日」を心地よく過ごせる包容力。それこそが、良い食堂がまとっている空気感なのだろう。
日曜日の11時半頃。向かったのは、福山市松永町の「中華食堂 ふくの家」さん。
開店からさほど時間は経っていないはずだが、店頭にはすでに2、3組の順番待ちができていた。2020年ごろにオープンしたこの食堂だが、すっかり地元の日常の風景として定着していることが、この客足からも伺える。
「麻婆丼と中華そば」のセット

しばらく待って席に着き、今回注文したのは、通常仕様の「麻婆丼」と「中華そば」のセット。
一口スープを飲んで、ほっとする。中華そばは、尾道ラーメンのアイデンティティである背脂のコクを取り入れつつも、決して重すぎず、ライトで毎日でも食べられそうな味わいで、香りも通常の尾道ラーメンよりも芳醇に感じた。そして麻婆丼も同様に、強烈な辛さやしびれで攻めてくるタイプではなく、どこから食べても安心感のある一方で、複雑で奥行きのある味わいに仕上がっている。
無心で中華そばと麻婆丼の間を行ったり来たり。
メニューに見る、ふたつの麻婆豆腐
実はこのお店、麻婆豆腐に関して少し面白いメニューの構成をしている。
私が今回頼んだ通常の「麻婆豆腐」とは完全に区別された形で、本格こだわりの「四川麻婆豆腐」が並んでいるのだ。
通常の「麻婆豆腐」はだれもが食べやすいよう、辛さとしびれを抑えて作られている。だが「四川麻婆豆腐」は、店主の修行時代に出会った麻婆豆腐のおいしさの衝撃を追い求め、研究を重ねてたどり着いた一品となっている。おそらく、料理人として「本当に食べてほしい、表現したい本物の味」といえば、その本格四川の方なのだろう。
専門店ではなく「中華食堂」であることの意味

もしこのお店が、料理人のこだわりを前面に押し出した「四川料理専門店」だったなら、メニューは四川麻婆一本に絞られていたかもしれない。
しかし店主はそうせず、屋号に「中華食堂」と掲げ、あえてマイルドな通常仕様の麻婆豆腐を残している。
そこには、ハレの日の特別な外食ではなく、ケの日の暮らしを支える「日常」でありたいという、お店の真摯な姿勢が表れているように思う。
激辛を浴びて汗を流したい日もあれば、私のように「今日はおだやかな味で満たされたい」という気まぐれな日もある。 そうしたあらゆる客のコンディションを受け入れ、誰も置いてけぼりにしない「食堂としての優しさ」があるからこそ、このふたつの麻婆豆腐が同じお店のメニューに共存しているのだろう。
日常における「選択の自由」というありがたさ
その日の腹づもりや体調に合わせて、自由にメニューを組み合わせられる楽しさ。担々麺で刺激を味わう日もあれば、今回のように優しい中華そばと麻婆丼のセットで穏やかに胃袋を満たす日があってもいい。
一つの尖った味を突きつけられるのではなく、「自分のペースで選べる自由」が担保されていること。それが、この街の中華食堂が多くの人に親しまれ、休日の昼に自然と人が集まる理由なのだと思う。
次は是非とも、もう一つの顔である「本格四川」の方も試してみたい。日常の楽しみがまた一つ増える。

たびさんぽ 