昭和ノスタルジーを感じさせるスポットや施設は探せば意外なほどあちこちに存在します。でも、今回訪れた「福山自動車時計博物館」は、よくある作られたレトロ施設とは全くの別物。
ここは、ただ古いものを並べている場所ではありません。
館長の並々ならぬ情熱と魂がこもったコレクションたちが、単なる「展示物」という枠を超え、体験を通して私たちの芯の部分に直接語りかけてくるのです。
福山自動車時計博物館とは?
広島県福山市にあるこの博物館(JR福山駅【北口】から徒歩12分ほど)は、「のれ・みれ・さわれ・写真撮れ」をモットーにした体験型博物館です。館長能宗孝(のうそう・たかし)氏の「生きた産業遺産を残したい」という強い理念のもとで1989年に作られました。
実は過去には、その熱すぎる思いゆえに市(行政)と対立した時期もあったそうです。しかし、その信念を貫き通した結果、今では福山市の公式ホームページにも観光スポットとして堂々と掲載されるほど、地域を代表する施設になっています。

「のる・ふれる」からこそ見えてくる、車の街の記憶と空気
私は特別車好きというわけではありません。ですが、この博物館で一番心を動かされたのは、実際に車の運転席に乗り込み、ハンドルを握った瞬間でした。
多少の遠慮を持ちつつドアを開け、硬いシートに座り、当時の視点から車外の景色を眺めてみる。外から綺麗なクラシックカーをただ眺めているだけでは絶対にイメージできない、当時の車の街の記憶と空気感がふっと脳内に流れ込んでくる感覚があります。


乗り心地はお世辞にも良くありません。乗り降りも不便だし、エアコンもなければパワステもない。いかに現在の自動車が人間工学に基づいて、快適に考え抜かれて作られているかが逆によくわかる体験。でも、なぜかたまらなくワクワクします。
飛行機のコックピットに座ったこと、あります?

館内には、大正・昭和のクラシックカーだけでなく、江戸時代の和時計、著名人の蝋人形、さらには軽飛行機まで、ジャンルレスなコレクションがひしめき合っています。
普通、博物館の展示物といえば「お手を触れないでください」が当然のルール。しかしここでは、遠慮はいりません。子どもも大人も自由に触れていいんです。
本物の軽飛行機「パイパーチェロキー」。飛行機のコックピットに座って操縦桿を握ったことはありますか?ここではそんな非日常の体験が、ごく当たり前にできてしまうのです。

ただの鉄の塊じゃない、ドラマを抱えた名車
特別車好きでなくても思わず胸が熱くなるのが、展示されている車たちがそれぞれに抱えている「ドラマ」。
例えば、日本唯一の展示車両とも言われるマツダのオート3輪「バタンコタクシー(マツダ号PB型)」。戦後間もない広島で活躍したこのタクシー仕様の車両は、当時20台ほどしか生産されておらず、営業車として酷使されたためオリジナルの車両は残っていません(展示車は当時の技術者の記憶を頼りに復元されたもの)運転席はドアのない開放式でありながら、客室部分は密閉型のキャビンを採用しているという独特の造りが特徴。座席に腰を下ろすと、復興へ向かう当時の広島の街を懸命に走り抜けた人々の熱気や息遣いが伝わってくるようです。

また、「トヨペットクラウン(通称:観音クラウン)」も見逃せません。実はこの車、館長が譲り受けた時点では砂泥まみれの無惨な姿でした。それを約3年もの歳月をかけて手作業で修復し、見事復活を遂げた「不死身のクラウン」なのです。昭和63年の瀬戸大橋開通パレードにも参加したというエピソードを聞き、ピカピカに磨き上げられた車体に触れると、「生きた産業遺産を残す」という館長の強い思いがダイレクトに迫ってきます。

「不便が愛おしい」〜スマホ時代に生きる私たちが惹かれる理由〜
しばしば思うことがあります。昭和やそれよりもっと昔の時代は、現代人が生きるにはあまりにも不便で過酷な時代。何もかもが手作業で、時間も手間もかかる。それなのに、なぜ私たちはこれほどまでに心惹かれ、胸の奥がうずうずするのでしょうか。

当博物館は、大ヒット映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に劇用車としてトヨペットクラウンなどを貸し出しています。あの映画が国民的な大ヒットを記録したのも、きっと私と同じように「不便が愛おしい」と感じる方が多くいたからではないでしょうか。私たちは今、指先一つ、スマホのアプリやネットで生活が完結する、極めて便利な世界に生きています。でも心のどこかで、そんな便利すぎる世界に不自由さを感じていて、手触りのある「不便さ」を求めているのかもしれません。
決して特別な車好きでなくても、この博物館での体験は深く、強く刺さります。「福山自動車時計博物館」は、私たちが忘れていた大切な何かを思い出させてくれる、最高の場所でした。


たびさんぽ