さんぽするようなのんびりたび

主役になれない僕らに響く、脇役の矜持。福山「まちづくり博物館」

福山自動車時計博物館のすぐ向かいに、「まちづくり博物館」という建物がある。 2022年に開館した、自動車時計博物館の別棟的な施設だ。

正直に白状すると、最初は自動車時計博物館を満喫した帰りに「向かいにもなんかあるな」と、ついでに立ち寄っただけだった。入館料は無料。失礼ながら「メインの博物館のバーターというか、おまけ的な場所か」くらいに高を括っていた。

しかし、この施設の建物や展示品にもやはり歴史があり、中を見て回るうちに、そんな風に見くびっていた自分を少し反省することになった。

傷を負った部材たちの「建築的コラージュ」

まず、建物そのものが少し変わっている。昭和10年頃に建てられ、福山空襲の戦火を免れた「富屋酒店」という店舗兼住宅を、わざわざ400メートルほど離れた場所から移築・リノベーションしたものだそうだ。

それだけではない。建物を支える大黒柱は、元々は神辺城の惣門で、その後實相寺の山門として移築されたものの、事故で破損してしまった柱を再利用している。階段の手すりは福山城公園の整備で伐採された松の木であり、門扉は水呑町にあった松坂産業の旧社屋のものだ。

空襲を生き延びた家屋、事故で折れた柱、切り倒された木。それぞれが本来の役目を終え、あるいは傷を負って行き場を失ったはずの部材たちが寄せ集められ、新たな構造体としてこの空間を形作っている。

体験の本館と、記憶の別棟

本館である自動車時計博物館は、「のれ・みれ・さわれ・写真撮れ」をモットーにした体験型の空間。
クラシックカーに乗り込み、からくり時計の音に耳を傾ける。直接モノに触れて楽しむ、ある種のテーマパークのような賑やかさがある。

対して、こちらの別棟はひたすらに静か。ここにあるのは、福山という街がたどってきた時間そのもの。

江戸時代の福山城の図面に現在の福山駅を重ね合わせた展示を見ると、現代の駅がかつてのお城の中心部にすっぽりと収まっていることがわかる。普段何気なく歩いているアスファルトの下に、かつての城郭が眠っているという事実。

そして2階へ上がると、映画『黒い雨』の撮影協力資料や、広島平和記念資料館から撤去されたものと同様の「被爆再現人形」が展示されている。これらは決して感傷を煽るためではなく、この土地が確実に経てきた歴史の層として、ありのままに置かれている。

なぜ「まちづくり」博物館なのか

展示されているのは、能宗館長たちが実際に関わってきたという、市内のマンション建築のパース図や、商店街のアーケードを撤去した際の記録などだ。普通なら、建物が完成したり工事が終わったりすれば、そのまま散逸して捨てられてしまうような図面や書類の数々。

歴史の教科書に載るような大きな出来事だけでなく、こうした「日常の延長にある街の新陳代謝」の記録を、誰かが拾い集めておかなければ街の記憶は消えてしまう。だから「まちづくり博物館」という名前なのだ。

主役になれない私たちのための場所

一通り見終えて外に出た時、自分の浅はかさを反省した。
バーターだなんて言って、本当にごめんなさいだ。

確かに、この「まちづくり博物館」は主役ではないかもしれない。観光客の多くは向かいのクラシックカーに目を奪われ、こちらは素通りしてしまう人もいるだろう。

けれど、この場所には明確な役割がある。
本館が「体験と懐かしさ」を提供するなら、こちらは「都市の成り立ちと日常の記憶」を補完している。二つが揃って初めて、この場所に独特の魅力が生まれているのだと思う。

世の中の大半の人間は、スポットライトを浴びる主役にはなれない。
脇役。どこか端っこの方で静かに生きている。それでも、事故で折れた柱が今も立派に建物を支えているように、何か自分なりの役割を持って生きていけたら。

そんなことを、ふと考えさせられた。派手さはないけれど、なんだか少しホッとできる場所です。自動車時計博物館を訪れた際は、ぜひこちらの扉も開けてみてください。

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