ほどよく酒が回り、心地よい火照りを感じながら店を出る。
夜風が火照った頬を撫でる。
瞬間、「このまま帰るわけにはいかない」と、ふと思う。
お腹が空いているわけではない。むしろ、先ほどまで十分に飲み食いしていた。しかしまるでDNAに刻み込まれているかのように、喉の奥が、胃袋の隙間が、ある特定の味を求めて疼いている。
これはもう、食欲というよりは習慣、あるいは、一日の幕を閉じるための儀式のようなものかもしれない。
この「不完全燃焼感」を抱えたまま布団に入るのは、どこか寝覚めが悪い。
広島駅から徒歩6分、清潔で気さくな活気の空間
広島駅周辺には、いくつもの豚骨ラーメンのお店が並んでいる。その中で今回選んだのは、飾り気のない、シンプルな博多系の一軒だ。
店内に入ると、そこには意外なほど清潔な空間が広がっていた。カウンター席がメインだが、手前のボックス席では家族連れが楽しそうに箸を動かしている。夜分のワンオペレーション。忙しそうに立ち回る店主だが、その物腰は気さくで、どこかこちらをリラックスさせてくれる空気感がある。
「いらっしゃい」
その一言に、張り詰めていた(あるいは緩みきっていた)気持ちが、すっと居場所を見つけたような気がした。
塩味強めで酔った舌を覚醒
注文したのは、オーソドックスな豚骨ラーメンに味玉の乗った「味玉ラーメン」。一番シンプルなラーメンにプラス100円で味玉が乗る。その他、麺の上にはチャーシュー、きくらげ、青ネギが彩りを添えている。
運ばれてきた一杯は、まさに王道という言葉がふさわしい見た目。
とりあえずスープを一口。
豚骨の風味がしっかりと感じられるが、それ以上に、強い「塩味」がガツンと味覚を直撃する。
アルコールによって鈍くなっていた舌が、一瞬で目を覚ます。
濃い。けれど、これがいい。
酒を飲んだ後の身体が、これでもかと欲していたのは、まさにこの強烈な輪郭を持った味。思わず「ご飯と一緒に食べても最高だろうな」という罪深い思考が頭をよぎる。
麺を引き上げると、その細さに驚く。まるで「そうめん」かと思うほどの極細だ。しかし、啜ってみれば芯にはしっかりとしたコシがあり、噛みしめる喜びがある。細いからこそスープをたっぷりと抱き込み、一口ごとに塩味と豚骨の香りが鼻を抜けていく。
具材のリアリティと、紅生姜の魔法
トッピングのチャーシューは、少し筋っぽさが残る仕上がり。洗練されすぎていない、その「歯ごたえ」が逆にいい。肉を食べているという実感が、深夜の背徳感をさらに煽ってくれる。そして味玉。箸を入れるとトロリと溢れ出す黄身は、強めのスープの中で唯一の、優しく濃密な休息地点だ。
後半戦、卓上の布陣を見渡す。すりごま、胡椒、そして紅生姜。
強烈な塩味に対し、紅生姜の酸味を投入する。するとどうだろう。あんなにガツンと響いていた塩気が、酸味によって絶妙に中和され、新たな食欲の波が押し寄せてくる。
一杯のラーメンが、終わりに向かうどころか、紅生姜の魔法によって再び輝き出す。気がつけば、あれほどパンパンだったはずの胃袋に、スープを飲み干す余白が生まれていた。
「喰えば喰うほど腹が減る」と誰かが言っていた気がするが、まさにそんな感じか。
夜が完結
最後の一口を飲み干し、ふぅ、と小さく息を吐く。
店を出ると、相変わらず夜風は涼しい。けれど、先ほど感じていた不完全燃焼感は、もうどこにもない。胃の中に温かな重みを感じ、舌に残る塩味の余韻を楽しみながら、私はようやく家に帰る決心がついた。
ようやく今日を終えることができる。
そんな大層間抜けなことを考えながらも、ただ、この一杯で今日という日が正しく閉じられた。そんな安堵感とともに、少しだけ足取りが軽くなった。
たびさんぽ