日本一の筆の産地として知られる広島県安芸郡熊野町。周囲を山々に囲まれたこの町に、約1100年もの長きにわたり地域を見守り続けてきた古社「榊山神社(さかきやまじんじゃ)」がたたずんでいます。
「熊野筆」という伝統産業とともに、町の人々の心の拠り所であり続けた榊山神社の存在があります。今回は、宇佐八幡宮に由来する歴史から、全国的にも珍しいスケールの社殿建築、広島特有の摂末社信仰、そして命の節目を彩る「筆文化」まで、榊山神社についてご紹介します。
1.宇佐八幡宮からの勧請と「三柱」の神々
榊山神社の創建は、平安時代の承平3年(933年)にまで遡ります。大分県の「宇佐八幡宮(全国に約4万社ある八幡宮の総本社)」より神霊を勧請(かんじょう:神様の御霊を分かち迎えること)したのが始まりと伝えられる、非常に由緒ある八幡宮です。
正徳5年(1715年)の火災によって古い宝物や古文書が焼失してしまったため、詳細な初期の縁起は秘められたままとなっていますが、古くから熊野の地の産土神(うぶすながみ、自分が生まれた土地を守る神様のこと)として住民に深く親しまれてきました。
お祀りされている三柱の神々
榊山神社には、八幡信仰における中心的な「三柱の神様」がお祀りされています。
- 応神天皇(品陀和氣神 / ホムダワケノミコト)
八幡神。武勇の神様として知られ、厄除け・開運・文武両道の御利益で信仰されています。 - 神功皇后(息長帯比売神 / オキナガタラシヒメノミコト)
応神天皇の母神であり、安産・子育て・勝運の象徴として厚く信仰されています。 - 仲哀天皇(帯中津日子神 / タラシナカツヒコノミコト)
応神天皇の父神であり、皇室の安泰や国の平安を司る神様です。
この三柱の神々が鎮座し、熊野の街の平和と人々の暮らしを優しく見守っています。
2.通常の2.6倍!天才宮大工が手がけた「社殿建築の圧倒的スケール」
榊山神社を訪れてまず圧倒されるのが、その社殿の大きさと美しい建築様式です。
現在の本殿は、江戸時代中期の享保9年(1724年)、広島藩第5代藩主・浅野吉長公の許可を得て、3年もの歳月をかけて再建されたものです。

桃山文化の気風を残す天才宮大工「鳥居甚兵衛」の技
この本殿建築を手掛けたのは、当時の日本最高峰と称された宮大工「鳥居甚兵衛(とりいじんべえ)」です。彼は豊臣氏による桃山時代の豪華絢爛な社寺造営の系譜を継ぐ名工であり、下鴨神社などをモデルとした美しい「三間社流造り(さんげんしゃながれづくり)」を完成させました。
- 全国最大級の規模
建物の面積は通常の神社の約2.6倍、体積にいたっては約4倍という大きさを誇ります。 - 緻密で豪華な彫刻
外観や本殿内側には、龍が彫られた蟇股(かえるまた)をはじめとする躍動感あふれる彫刻が施されており、桃山文化の面影を残す芸術作品としても高い評価を受けています。
これほどまでに巨大で豪華な神社を再建できた背景には、江戸時代に筆の行商などで豊かになっていった熊野町の財政力と、住民たちの強い信仰心があったと考えられています。
3.歴史と地域信仰が息づく「四つの境内摂末社」
広大な榊山神社の境内には、本殿や熊野本宮神社だけでなく、地域の歴史や人々の祈りを今に伝える特色ある四つの摂社・末社が大切にお祀りされています。それぞれ異なる御神格と由緒を持っており、参拝時にあわせて巡ることで熊野町の深い歴史に触れることができます。

諏訪神社(すわじんじゃ)
御祭神:建御名方神(タケミナカタノカミ)
由緒・特徴:長禄元年(1457年)に信州(長野県)の諏訪大明神より勧請された神社です。かつては毛利氏や浅野氏からも社領を賜るなど、武家や地域住民から手厚く崇敬されてきました。明治37年に榊山神社の境内神社へと編入されました。武勇や風雨・農耕・開拓など幅広いご利益で知られます。

榊谷神社(さかきだにじんじゃ)
御祭神:瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
由緒・特徴:天照大神の孫にあたり、「天孫降臨」の神話で知られる神様をお祀りしています。古くから熊野町の中溝区の宮として大切に祀られており、熊野中学校の敷地から現在の榊山神社境内へと移設・統合されました。農業や平和・繁栄をもたらす神として崇敬されています。
荒神社(こうじんしゃ)
御祭神:奥津彦神(オキツヒコノカミ)
由緒・特徴:西日本や瀬戸内海沿岸地方で特に盛んな「荒神信仰」を今に伝える社です。火や竈(かまど)の神様として、人々の暮らしや家庭の安全を見守っています。

台場稲荷神社(だいばいなりじんじゃ)
御祭神:倉稲魂神(ウカノミタマノカミ)
由緒・特徴:五穀豊穣や商売繁盛の神様として親しまれている稲荷社です。日々の暮らしの糧や地域の産業の繁栄を祈る場として大切に祀られています。
4.「筆」が結ぶ誕生から供養までのストーリー
「日本一の筆の都」として名高い熊野町。この町において「筆」は、単なる工芸品や実用品の枠を超え、人の一生や想いを運ぶ“聖なる媒体”としての側面を持っています。
榊山神社では、生まれたばかりの命の祈願から、役目を終えた筆への感謝の祈りまで、筆を通じた美しい「循環のストーリー」が息づいています。
誕生と成長を祈る命のお守り「御守筆(赤ちゃん筆・胎毛筆)」
物語の始まりは、新しい命の誕生です。
日本では古くから、生まれて初めてカットした赤ちゃんの髪の毛(胎毛)を使って筆を作る「赤ちゃん筆(胎毛筆)」の風習があります。
榊山神社では、この赤ちゃん筆を「御守筆(おまもりふで)」と呼び、神前で「健やかな成長」と「無病息災」をご祈願した上でお分かちしています。職人の手仕事によって丁寧に作られた一筆は、我が子の生命力の証であり、神様のご加護が宿る「生涯のお守り」となります。
赤ちゃんの産声とともに作られた筆は、健やかな日々を見守る“祈りの証”として、家族の歴史とともに大切に紡がれていきます。
※現在、榊山神社では神社の諸祭儀および社務に専念するため、御守筆の奉製(受付)を一時休止されております。
道具への感謝と自然への手向け「筆供養」と「筆まつり」
そして物語は、役割を果たした筆の終焉と感謝へとつながります。
毎年秋分の日(9月下旬)、榊山神社の境内を中心として開催される「筆まつり」は、町をあげて筆の文化を讃える一大イベント。その最も核心となる神事こそが「筆供養」です。
境内にある「筆塚」の前で厳かに行われるこの神事では、使い古されて毛先がすり減った筆や書画の道具たちが集められます。さらにそこには、「筆作りのために毛を提供してくれた動物たちへの感謝」も込められています。
神職の手によって焚き上げられる浄火の中へと投じられる筆たち。使い手の想いを受け止め、表現を支えてくれた道具に「ありがとう」の言葉を添えて天へと還すこの神事は、物を慈しみ、感謝を重んじる日本の精神性が凝縮された瞬間です。

祈りで始まり、感謝で閉じる、筆の都の美しい巡り
- 「御守筆」で我が子の誕生を祝い、健やかな未来を神様に託す。
- 日々の学びや創造の中で筆を慈しみ使う。
- 役目を終えた筆は「筆供養」で浄火に投じ、感謝とともに送る。
榊山神社は、筆という一本の糸を通じて、人の人生と道具の命が優しく巡り合う場所なのです。
まつり当日に参道を彩る「一万本の筆通り」の圧巻な光景も、こうした町の人々の「筆と生きてきた歴史と深い愛着」があるからこそ、より一層胸に迫る美しさを放っています。
5.伝統と人々の願いを未来へつなぐ「榊山神社」
宇佐八幡宮にルーツを持つ由緒、天才宮大工が組み上げた大社殿、そして命の循環を見守る筆文化。榊山神社は、単なる歴史的建造物にとどまらず、熊野町の人々が筆とともに歩んできた歴史と誇りが詰まった特別な聖地です。

熊野町を訪れた際は、ぜひ参道の石段を登り、静かな境内で社殿を仰ぎ見てみてください。「筆の都」を足元から支え続けてきた神聖で温かいパワーを、きっと全身で感じられるはずです。
たびさんぽ