久しぶりに広島駅の南口に立つと、一瞬「ここはどこだったか」と足が止まる。頭上に広がる景色はすっかり一変し、かつての面影を探すのが難しくなるほど、駅は新しく、そして巨大に。
昔馴染みのあった風景が変わっていくことに対して、どこかノスタルジックな寂しさを覚えてしまう。
雑多で、どこか愛おしかった、かつての南口の記憶
思い返せば、昔の広島駅は地上階にメイン改札があった。
改札を抜け、どこか懐かしい雰囲気が漂う跨線橋を渡ってそれぞれのホームへ降りていく。あの階段の上り下りが「これから旅に出る」「広島に帰ってきた」という実感をくれる、ちょっとした儀式のようなものだった気がしてくる。
南口の改札付近で、どこからともなく漂ってくる立ち食いうどん・そばの出汁の香り。駅のホームに存在感ありありの風体の店構えで、特別豪華なわけでもないのに、あの匂いに誘われて吸い込まれるように一杯食べてしまうことがよくあった。
駅前の広場に出れば、待ち合わせの定番だった「お尻の形をした噴水」。 スマホなんて時間つぶしにもってこいの便利なものがなかった頃、あの独特な造形の前で、鳩とともに少し所在なさげに人を待っていた時間が懐かしい。ふと見上げれば、大きなHITACHIの看板と時計がいつも変わらない顔でそこにあった。
そこから駅前のターミナルへと向かい、路面電車へ乗り換える慌ただしい人の流れ。
南口の片隅で売られていた天津甘栗の甘く香ばしい匂い。
どこを切っても雑多で、どこか温かい人間味のようなものが、当時の広島駅には漂っていたように思う。
2階へ吸い込まれる路面電車と、男心をくすぐる「要塞感」
それが今や、どうだろう。
新しくなった広島駅では、八丁堀や紙屋町方面へ向かう路面電車が、なんと駅ビルの2階へと直接突入していく。 初めてその光景を目の当たりにしたとき、少年の頃のような単純さで「かっこいい」と見入ってしまった。
電車にとってはかなり急であろう坂道を駆け上がり、巨大な建築の中にそのまま吸い込まれていく市電の姿は、まるで近未来の要塞のようだ。
駅ビルに乗り入れる乗り物といえば北九州・小倉駅のモノレールが有名だが、あちらが未来的でスマートな都市の象徴だとすれば、広島駅のスタイルはまた違う趣がある。あのみんなに親しまれてきた路面電車が、そのまま巨大なビルへと突っ込んでいく無骨なギャップと迫力がたまらない。
おかげで紙屋町や八丁堀といった中心部へのアクセスは格段にスムーズになり、街としての利便性は間違いなく上がった。

まだ変化の途中にある街と、これから
便利で洗練されていく目の前の光景を見上げながら、ふと「あの天津甘栗の店はどこへ行ったんだろう」などと考えてしまう。 街が新しくなるのは良いことだし、自慢できる素晴らしい変化。それでも、自分の記憶の中にあった風景がひとつずつ上書きされていくことに、ほんの少しの哀愁を感じてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
広島駅の再開発は、まだすべてが終わったわけではなく、改修の真っ只中。
これから先、この場所はさらに姿を変えていくのだろう。時代のスピードに自分の体や心が追いついているのかは少々怪しいが、新しくなっていく広島の街を、これからも少し離れた場所から見守っていきたい。
次にこの駅を訪れるとき、この「要塞」は一体どんな顔を見せてくれるのだろうか。
たびさんぽ